3)大林宣彦監督のこと

 僕と大林作品との出会いは1983年の夏である。高校時代の友人の池田清之と山陽の旅に出たとき、彼がぜひ尾道に寄りたいと言ったので、尾道の寺を中心に2時間ほど散策した。尾道は「転校生」という映画の撮影があった町で、この作品の重要な舞台となった神社の階段をじっと見つめる彼に、僕は正直言って猟奇的なものを感じた。今思えば、彼はいち早く大林映画に魅かれてロケ地巡りを行ったことになる。後になって僕自身が大林映画のとりことなり、ロケ地調査を繰り返して本まで出してしまうことになろうとは、その時は全く夢にも思わなかった。

 大林宣彦監督が有名なのは、特に尾道三部作によっているところが大きい。「転校生」(1982)、「時をかける少女」(1983)、「さびしんぼう」(1985)と続く、監督の生まれ故郷の尾道を舞台にした尾道三部作は、人間の成長にとってかけがえのない青春の痛みをみずみずしくノスタルジックに描き切ったもので、若者を中心に高い評価を得た。これらの作品から受けた感動を押さえ切れない若者達が、舞台となった尾道を訪れ、映画に登場した町並みを見つけては更に尾道三部作に対する愛情を深めていくのだった。

 僕が大林映画を見始めたのは1990年代に入ってからだ。テレビで放映された「転校生」を見て久々に胸が締め付けられる思いをし、長い間忘れていた感動が甦ってきた。「時をかける少女」と「さびしんぼう」もほどなくビデオで見た。特に「さびしんぼう」は決定的で、失われつつある自分の青春と重ね合わせて不覚にも号泣してしまった。僕は、その当時まだ基本的な世界の作品もろくに見ていないのに、「我が永遠のベストワン」の称号を贈ってしまった。今(1997年)現在、私の個人的趣味だけで言えば、これを越える作品に巡り会っていない。

 尾道三部作は中学生、高校生といった少年少女を主人公にして、大人になるうえで人が経験する青春の時期の痛みを描く。愛情を持って人を好きになる心の美しさが描かれるほどに、その気持ちがかなわない痛々しさが観客の胸に伝わってくる。青春の時というものは、大人になる前に、一時許された純粋な時間だと思う。その時間があまりにも美しい光を放つので、どんな人でもこの時が過ぎていくことを寂しく感じることであろう。その激しい青春の時への執着を持った観客が、登場人物と自分を重ね合わせて心を共鳴させるのである。

 尾道三部作の舞台となる尾道に行ってみたいという気持ちが僕の中でも膨らんだ。作品世界に愛情を感じるほどに、作品に関連したものへの愛情も増していく。僕は大林監督の著作や尾道の住宅地図を手に入れて、映画のシーンの撮影地を巡る計画を綿密に立てた。いつか猟奇的と思った池田に輪をかけてマニアックなことを始めたわけだ。しかし第三者からどう見えても、自分としてはまっとうな愛情の発露であり、しばし没頭した。この時新尾道三部作第1作の「ふたり」のロケ地も含めた。この頃までには大林映画はほとんど見ていた。

 尾道という町は、昔から港町として栄え、神社仏閣の類が多い。海と山にはさまれているため、大型開発を免れており、昔ながらの町並みも残っている。特筆すべきは山の斜面に広がる住宅の中を走る迷路のような階段や人道である。時代を何十年も遡っているかのような懐かしさを覚える。こうしたレトロな雰囲気が、青春をノスタルジックな目で描く作品の舞台として何ともぴったりで、大都会のビル街や広々した通りのある高級住宅街ではとてもこのような作品世界は成立しなかったであろうと思う。

 池田と共に敢行したロケ地巡りは大変楽しかった。この頃から関連雑誌記事や書籍やビデオなどの収集を始めた。ロケ地巡りで、大林映画をよく手伝った須賀務・俊子夫妻が経営する喫茶店「TOM」の入口にある本の広告があった。荒木正見著「尾道という場所論」がそれで、出版社を書き写して、早速注文した。届いた本は学術的に尾道にゆかりのある3人の芸術家の世界を分析したもので、大林宣彦論のアカデミックな雰囲気に飲み込まれてしまった。しかも著者の荒木先生が福岡在住と知り、感想をロケ地巡りの旅行記のコピーと共に送った。

 それから随分たってから、突然荒木先生(当時福岡女学院大学)から電話があった。ロケ地巡りの本を一緒に出しませんかというお誘いで、当然承諾した。それから出版までの2年弱は取材などで大忙しだった。この本は、ロケ地を149カ所、実際に歩けるコース順で紹介する原稿を僕が書き、荒木先生がそれに学術的な記述を加えていくという形で作られた。完全とは言わないが、既刊のどの本よりも詳細にロケ地を紹介してあり、歴史的記述も多く、尾道という場所柄をきちんとふまえて重層的に「場所」を感じることができる。

 本の紹介: 『尾道を映画で歩く―映像と風景の場所論―』荒木正見編著・鈴木右文共著(1995)
       中川書店(・812-0063福岡市東区原田2-20-9-102)
       ISBN4-931363-06-7、1748円(税別)
       尾道市内の主要書店店頭、もしくは中川書店へ直接注文

 2003年には尾道3部作、新3部作、「マヌケ先生」をカバーし、「尾道学」を提唱した新著も刊行された。

 本の紹介: 『尾道学と映画フィールドワーク』荒木正見編著・鈴木右文共著(2003)
       中川書店(・812-0063福岡市東区原田2-20-9-102)
       ISBN4-931363-35-0、1900円(税別)
       尾道市内の主要書店店頭、もしくは中川書店へ直接注文

*2006年春、大林監督御本人から突然お葉書をいただいた。「尾道学と映画フィールドワーク」をふと書棚から取って見ていたら、町並みを壊すことを憂う気持ちになって、御礼のつもりだということだった。恐縮、恐縮。

*2020年監督は逝去されました。お疲れ様でした、そしてありがとうございました。